「歴史的街並み、農山村の環境や文化が生きる村」

2005年12月19日 11時44分 | カテゴリー: 活動報告

内子町(愛媛県)会派視察報告

 松山駅から特急電車で30分、内子町は、テレビでも度々紹介されている所です。ここは、江戸後期から明治時代にかけて、和紙と木ろうで栄えた町、その当時の面影を残す街並みは、今も美しい佇まいを見せ、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。しかし、町並み保存地区には約80世帯の人が住んでおり、保存地区住民との合意形成をつくるまでには、時間がかかったようです。
 駅から車で20〜30分走ると石畳地区があります。平成2年に地域の人達により、むかしなつかしい手作りの水車が復元されました。また、古い民家を移築し「石畳の宿」宿泊施設があり、普段味わえない田舎の暮らしを体験できるようになっています。視察に行ったときは、囲炉裏を囲んで、内子町の町づくり、村づくりにかかわった元役場の職員岡田さんからこれまでの取り組みについてお話を伺いました。岡田さんは、「村並保存」という名称を農大の進士五十八先生から農村景観形成の指導を受けている時に、全国に先駆けて内子町の固有なまちづくりのフレーズとして使っていました。そんな岡田さんがこんな事を言っていました。「農村に住む人は、農村が保有する財産に気が付かない」
石垣が美しく、清流が貴重な地域の財産である。その事になかなか気づかず、都会へのあこがれがある。しかし、岡田さんは、この石畳の宿に16年通いながら地域の人にその事を訴え、地域の人達を変えてきたことは、素晴らしいと思いました。世田谷でも昔は、こんな情熱的な行政マンがいたはずなのに・・・。
 内子町には、4つの屋根つき橋があり、写真の橋は、弓削神社の社殿をとりまく池の中央をお社に向けて架けられており、ここが参道になっています。
 春には、梅や桜の花が周辺を彩るそうです。自然の中でありのままの暮らしと素朴なおもてなしを受け、「もう一度訪れてみたい」と思ったのは私だけではなかったと思います。