震災から学んだこと

先月、首都直下型地震等による東京の被害想定が発表されました。
今回の想定では、最大震度7の地域が出るとともに、震度6強の地域が広範になることや、東京湾北部地震の死者が、最大で9,700人になると予想されています。このような甚大な被害に対しては、都が積極的に対策を講じていくことはもちろんですが、地域住民に最も身近な区市町村の果たす役割は、極めて大きいです。しかし、それぞれの区市町村が、単独で被害想定の結果を分析し、これに基づき、対策を講じていくには限界があり、都の支援は不可欠です。そこで、都は、区市町村に対して説明会を行い、想定の基盤となった地域ごとの情報を可能な限り提供し、被害を抑制するための対策について、分析、検討を行っていく予定です。

都議会では、この春から、防災対策特別委員会が設置され、私もそのメンバーになりました。
5月には、東京大学地震研究所教授の平田直さんを委員会にお招きし、首都直下型地震の被害想定や地震のメカニズムなどのご意見をいただきました。

その後、阪神淡路大地震から17年経過している、神戸市長田区を視察しました。この震災は、15秒という短い時間の揺れでしたが、家屋の倒壊による死者が多数で、ほとんどが窒息、圧死でした。長田区は、靴工場が多く点在しており、朝5時の地震にもかかわらず、工場に燃えやすいものが置いてあったため、ほとんど焼失してしまった地域です。現在は、まちの再生が行われ、数多く点在していた工場も移転等を行い、公園や公道など、火災が起きた時に、延焼が防げるオープンスペースが設けられていました。しかし、このようなまちの再生計画が決まるまでは、地域住民と行政などが、意見がぶつかり合いながらも、合意を得るまでに、何十回も話合いを重ねてきています。
視察当日は、「まち・コミュニケーション」の田中保三さんが、まち歩きを案内してくれました。公園の中には、あの日の教訓を忘れないために、火災時に焼けこげた電柱や樹木が、そのまま保存されていました。

震災が起きた時、神戸では、地域の人たちが、倒壊した建物から瓦礫などにうもれている人たちを助け出しており、近隣の「人と人とのつながり」が大切だと改めて感じたと、田中さんも話していました。
現在、神戸では、小学校区ごとに防災福祉コミュニティをつくり、日頃から、まちづくりや地域見守り等に取り組んでいます。

震災から学んだことを、東京の防災計画に活かしていきたいと思います。